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2009.12.21

前回、最後の京成線・北総線直通の定期運用を取り上げたので、今回は8連における最後の日中運用を挙げてみる。消え行くものを扱う性質上、どうしても最後の○○というお題が続いてしまい、ちとさびしい。

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▲北総線と羽田空港を往復した69H

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▲印西牧の原行の1000形

1000形8連において最後の日中運用となったのは、平日69Hであった。主に都営車や北総車に混じって北総線~羽田空港を往復する運用で、印旛日本医大まで乗入れた。この運用も2001年9月のダイヤ改正で手が加えられており、元々は青砥~三崎口間であったものを、1000形が充当するため120km/h運転を必要としない北総線~羽田空港の系統に振替えたものである。69Hから1000形が撤退したのは2005年の3月末で、これは日中に8両編成の1000形が見られなくなることを意味した。

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▲日中に京成線にも顔を出す

69Hの後、運番を69Aに変えて快特の運用に繋がるのだが、これは別の記事にて。

Comment

こんばんは。
69Hは初代1000形にとっても幸せだったのではないかなぁと思います。自社線からトンネルの先を超え、千葉ニュータウンまで乗り入れていた姿は今では見られません。千葉ニュータウンで初代1000形を一番多く見られたのは当時の羽田駅(現天空橋)が開業し、千葉ニュータウン中央までの急行運用があった平成5年4月から翌年12月までの1年半です。当時空港線内の駅が6両しか対応できず、京急は初代1000形、浅草線は5000形、京成は赤電を6連に組み替えて対応していました。

初代1000形は現在、自社線のみの活躍となりましたが、広範囲にわたって活躍していた時代も合わせて忘れてはいけませんね。

2010.02.19 18:54




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