KSWeb

鉄道やバスなど、公共交通に関するディープな話題をお届けしています。

Article

記事

2021.02.23

2月18日、運輸安全委員会は2019年9月5日に発生した京急線神奈川新町駅構内における踏切脱線事故についての調査報告書を公開した1)。私としてもこの事故がどうして起きてしまったのか気になっていたところなので、調査報告書を読んでみよう。

D18936.jpg

京急新1000形 1137編成
2013.8.31/京成立石〜青砥

▲踏切事故の当該車両である新1000形1137編成。事故後の復帰はかなわず、2020年3月15日付で編成丸ごと廃車になっている
D34775.jpg

京急本線 神奈川新町第1踏切道
2020.8.8/**

▲事故現場となった神奈川新町第1踏切道を神奈川新町駅から見たところ。トラックは写真右手より踏切内に進入し、立ち往生。下り通過列車と衝突してしまった

事故のあらまし:9月5日11時40分ごろ、神奈川新町第1踏切道において踏切内で立ち往生していた大型トラックに列車が衝突し、脱線事故が発生した。事故の当該となったのは青砥始発の1088SH快特三崎口行で、編成は新1000形1137編成であった。1137編成は大型トラックに乗り上げる形で3両目までが脱線。この事故によりトラックの運転手が死亡、77名(列車の乗客75名+乗務員2名)が負傷した。

事故後の報道等により、踏切の特殊信号発光機(特発)が列車からきちんと視認できる位置に設置されていたか、運転士は適切にブレーキを扱っていたか、の2点が焦点になっていたように思われるので、ここらへんのことを中心に報告書を読み進めていくことにする。

事故発生当時、何が起きていたか

踏切内で立ち往生した大型トラックが事故のきっかけとなってしまったことは論をまたないところであろう。報告書によれば、京急本線山側の側道を仲木戸方から走ってきた大型トラックは、踏切前の丁字路においていったんは左折を試みるもこれを断念、右折して踏切へ進入することになったという。

とにかく道が狭いので、大型トラックは右折に手間取った。細かい切り返しを繰り返しているうちに踏切は鳴動を開始。上り線を支障した状態で踏切の遮断が完了した。この時点で踏切の障害物検知装置が大型トラックを検知し、特発も動作したものとみられる。なお、現場に居合わせた京急社員2名により踏切の非常ボタンが、1番線に停車していた1056(普通浦賀行)の運転士により駅の非常通報ボタンもそれぞれ扱われている。その後、大型トラックはどういうわけかさらに前進し、下り線も支障してしまった。

他方、1088SHは京急川崎駅を定時で出発し、120km/hのスピードで走ってきていた。大型トラックの立ち往生により神奈川新町第1踏切道の特発が動作しているわけだが、当該列車の運転士への聞き取りによれば、最初に特発の動作を確認した時点では常用ブレーキを操作したとのことである。この時、列車の運転士には大型トラックは見えていない。

列車は減速しながら進むが、神奈川新町駅のホーム上の特発と異常報知装置も動作していたことから非常ブレーキが投入された。さらに、駅ホームに差し掛かったところで列車の進路上を塞ぐ大型トラックが見えたため、警笛を鳴らすとともに防護無線と緊急スイッチが扱われた。しかし、列車な踏切までに減速しきれず、約62km/hで大型トラックに衝突。脱線しながら約67mほど進んで停止した。

特殊信号発光機(特発)は適切な位置に設置されていたか

まず気になるのが、神奈川新町第1号踏切の特殊信号発光機(特発)が適切な位置に設置されていたかどうかだ。同踏切の特発は神奈川新町駅のホーム上に2基、第一場内信号機近傍に1基設置されている。このうち、ポイントとなるのは下り列車が最初に視認する最も品川方のものだが、これについて運輸安全委員会はこの特発が運転士に対して余裕のない位置に設置されていると結論づけた。

運輸安全委員会が調査したところ、当該の特発は踏切の約572m手前で視認可能であったことが明らかになっている。理論上、新1000形で120km/hのトップスピード走行中に踏切の約572m手前で特発の動作を認めた場合、1.8秒以内に非常ブレーキを投入すれば踏切までに停止することが可能である。しかし、運輸安全委員会はそもそも予期しないタイミングで動作するという性質の特発に対して即座に反応することの難しさを指摘。実際に、事故を起こした列車がブレーキ操作を開始したのは特発を視認可能な約572m手前を通過してから4秒後であり、仮にそこから非常ブレーキを扱ったとしても踏切までに停止することはできなかった。

加えて、架線柱等により列車から特発の現示が断続的に遮られる瞬間があったことが判明している。こうしたことが特発の視認そのものを遅らせた可能性も挙げられた。

列車運転士のブレーキ操作は適切であったか

前述のように当該列車の運転士は特発の動作を確認後、4秒後にまずは常用ブレーキを操作した。この時点で常用ブレーキではなく非常ブレーキを最初から投入していたとしても事故は防げなかった可能性が高いとはいえ、非常ブレーキならば被害は幾分か軽減できたはずである。運転士のブレーキの取扱いは適切だったのだろうか。

運輸安全委員会は、京急が定めている運転取扱実施基準によって被害が大きくなってしまった可能性を指摘している。同基準では、特発の動作が認められた場合に「速やかに停止するもの」とだけあり、常用ブレーキと非常ブレーキの使い分けについては特に言及していない。すなわち、特発動作時のブレーキ操作は、その時々の状況により運転士の判断に委ねられていた。

なお、私が京急に乗車した限りでは、特発が動作していても非常ブレーキが扱われたという体験はほとんどない。たいていの場合、特発の動作は踏切を遮断ギリギリで渡る人に対する反応であり、そうした人が踏切を渡り終えれば特発の現示は消えるためだ。この場合、列車は何ごともなかったかのように踏切を通過していく。また、運転士としては非常ブレーキを扱うことで列車を遅らせたくないという心理もあることだろう。

したがって、ブレーキの使い分けを明文化していない運転取扱実施基準がある以上、最初に扱われたのが常用ブレーキであることは何ら不思議ではないし、この点について運転士を責めるのは酷なことだ。逆に言えば、残念ながら誰が運転していても事故に発展する可能性が大いにあったということでもある。運転士にしてみれば、事故を回避する手段が「特発の動作を架線柱等に惑わされることなく踏切の約572m手前できちんと視認でき、なおかつ1.8秒以内に非常ブレーキが必要と判断して投入する」だけというのは、かなり厳しい条件だったと言わざるを得ない。

この事故に対する京急の再発防止策

この事故を受け、京急では以下の再発防止策を実施した。

  • 運転取扱実施基準を変更
  • 特発の設置ルールを見直し
  • 事故当該の踏切については特発を増設
踏切に対する私たちの心構え

踏切の安全対策を実施するのは鉄道事業者や道路管理者だけではない。踏切を渡るわれわれにも安全に配慮する義務がある。当然のことながら踏切は余裕をもって渡る、自動車の場合は前方のクリアランスを十分に確認するなど。万が一、線路内に取り残されてしまった場合には、遮断竿を破壊してでも脱出する、あるいは躊躇なく非常ボタンを押すなどの度胸を準備しておくことも必要となろう。

  • 京急
  • タグはありません

関連記事

新型車両 京急新1000形1890番台デュアルシート車を考察する

京急電鉄では、2020年度に新造を予定してた4両編成2本分について、デュアルシートを装備した新1000形1890番台を新たに導入することを発表した。プレスリリースなどからこの1890番台がどう...

新型車両 京急新1000形1890番台デュアルシート車を考察する
京急線 こんにちは逗子・葉山行

こんにちは、逗子・葉山行(9ヶ月遅れ)。3月14日、京急電鉄では以下の6駅について駅名変更を実施した。京急によれば、大師橋、花月総持寺、京急東神奈川、逗子・葉山の4駅は沿線地域の活性化に繋げる...

京急線 こんにちは逗子・葉山行
京急線 蒲田ローカルの運休状況

京急線で日中時間帯に運転されている品川〜京急蒲田間の普通列車、通称"蒲田ローカル"。現在、新型コロナウイルス感染症の影響で運休とされているが、その状況をレポートしよう。世界中で猛威を振るっている...

京急線 蒲田ローカルの運休状況
京成線 青砥駅脱線事故で市川真間行などが走る

6月12日10時15分ごろ、京成本線青砥駅構内で列車脱線事故が発生した。この影響で京成線ならびに直通している都営浅草線、京急線、北総線の各線では、大幅にダイヤが乱れた。本稿は、この事故の概況と...

京成線 青砥駅脱線事故で市川真間行などが走る
京急線 さようなら新逗子行

さようなら、新逗子行。3月14日に予定されている京急線の駅名変更まで残すところ1週間。駅名変更は羽田空港国際線ターミナル(→羽田空港第3ターミナル)と同国内線ターミナル(→同第1・第2ターミナル...

京急線 さようなら新逗子行

最新記事

京成線 2024年11月23日ダイヤ修正

京成電鉄では、11月23日にダイヤ修正を行う。今回のダイヤ修正について、プレスリリースや15日発売の京成時刻表Vol.33などで明らかになっている情報を基に、その内容を見てみよう。本稿では...

京成線 2024年11月23日ダイヤ修正
四直珍列車研究 134 - 平日 1681K

京成車の特急泉岳寺行が登場。平日1681Kレは、京成車で運転される特急泉岳寺行である。2023年11月ダイヤ改正で登場した列車となっている。京成車の泉岳寺行は都営浅草線西馬込始発のものは数多く...

四直珍列車研究 134 - 平日 1681K
京急1000形 「京急夏詣号」運転(2024年)

空とあなたと夏詣。京急電鉄では、6月末より「京急夏詣キャンペーン2024」の実施に合わせて、「京急夏詣号」の運転を行っている。「夏詣」キャンペーンは同社が2019年度より毎年実施しているもので...

京急1000形 「京急夏詣号」運転(2024年)
都営浅草線 自動放送どうするの問題を考える

都営浅草線の自動放送どうするの問題を考える。列車内における案内として重要なアナウンス。アナウンスでは列車の種別行先や次駅の案内が行われるが、昨今では自動放送が主流となっており、車掌が自らの肉声で...

都営浅草線 自動放送どうするの問題を考える
船橋新京成バス2741号車 「ふなっしー号」

「ふなっしー」なバスが走る。船橋新京成バス2741号車が特別仕様「ふなっしー号」として走ってる。「ふなっしー」といえば千葉県船橋市を中心に暴れている同市で人気の非公認キャラクターだが、2023年...

船橋新京成バス2741号車 「ふなっしー号」